心のノート … (笑)?

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J-POPの歌詞風メッセージ集。世界観や言葉遣いが完全にJ-POPと一緒なのだ。J-POPの歌詞では主人公たちは往々にして自分を探している。J-POP歌詞最頻出ワード「何か」「誰か」もきっちり押さえている。文部科学省が国民の税金を使って何をしているのかと思ったら、こんなに夢見がちな国定ポエムを作っていたのだ。

「心のノート」は総じて「心」に期待しすぎなのである。「心」さえ変えれば、少年犯罪はなくなるし、学級も崩壊しないし、いじめや不登校もなくなる。もしもそれが本当ならば、そんなに経済的なことはない。軍隊はもちろん、警察さえも必要ないということになる。まさにユートピアだ。道徳に期待してしまう人の気持ちはわかる。福祉や教育システム、さらには地政学的要因などを無視して、ただ「心」を変えるだけで、もしもこの社会がうまく回るのならば、それほど安上がりなことはない。「心のノート」に計上された数億の費用なんて安いものだ。しかし実際は、いくら「心」に訴えかけたところで、人は人を憎むし、争うし、いがみ合うし、それが戦争にさえなることもある。不特定多数に対して配られる「心のノート」の影響力なんて本当に微々たるものだろう。「心のノート」や道徳教育に肯定的な人は「心」に期待しすぎだし、良識派知識人は「心」に警戒しすぎである。

残された疑問は、毒にも薬にもならない国定ポエム集「心のノート」をこれからも配り続ける意味があるのか、ということである。愛や希望や自分探しの言葉はJ-POPや少女漫画に溢れているし、勧善懲悪で、正義や友情の大切さを訴える物語は『週刊少年ジャンプ』にいくらでも掲載されている。校内放送にJ-POPでも流していれば、それでいいんじゃないかと、僕は思う。